さるのようなもの

さるのようなもの

発作的に『ときめきメモリアル・アダルトアニメ映画化事件』裁判例を読んでみる会

 今回は実用的な話題。意識高い系裁判例を読んでみるお記事。
 みんなが大好き著作権法の個人的な復習もかねて。

 たまに「同人誌は著作権法上の複製(権の侵害)だ」と言われることがある*1。そしてその際、言及される事案の一つがこれから振り返る掲題の裁判例*2。結論を先に言ってしまえば、掲題の裁判例でそのような主張はされていないし、そのような主張を引き出すこともできない。

1.「ときメモ事件」についての注意点

 実は、著作権法に関して「ときメモ」が絡む裁判は、有名なものがふたつある。

(1)2001年(平成13年)2月13日 最高裁第三小法廷判決(判決文 
(2)1999年(平成11年)8月30日 東京地裁判決(判決文

 著作権法学的に一般的には、プレイヤーのパラメータを改変したデータを配布したことが同一性保持権の侵害となるかか否かが問題となった(1)の方が有名だろう。一般に『ときめきメモリアル事件』と呼ばれるのはこちらだ*3。しかし、二次創作に関心を持つ人々であれば、しばしば(2)の方を記憶にとどめていることがあるかもしれない。これは、一般に『ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』と呼ばれている*4

 そして今回、読み返してみたいのは(2)の方だ。というのも、ネット上で、この(2)からあまりに多くの不適切な――どころか二次創作にとって有害な!――見解が引き出されている印象を受けるからだ。いったい、1999年(平成11年)8月30日 東京地裁判決『ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』はどのような事件で、どのような判決が下されたのか。ここらでいちど振り返ってみようと思う*5

2.争点の確認

 まず、原告側の主張をしっかり理解しよう。
 乱暴な話だが、本事案における原告の主張をちゃんと理解しさえすれば、ネット上に溢れるいい加減な「ときメモ事件」言説に騙されることはほぼ無いといっていい。
 なお、以下引用箇所は、裁判所の判決文をそのまま転載しているが、可読性を高めるため適宜改行等を施している。また、フォントに係る装飾や下線等も同様の理由で付したものだ。

(原告の主張)
 被告は、本件ゲームソフトの登場人物である藤崎詩織が清純派として人気を博したことに着目して、本件藤崎の図柄を無断で用いて本件ビデオを制作したものであり、本件藤崎の図柄に係る原告の複製権及び翻案権を侵害する。
 本件ビデオは、本件藤崎の図柄を用いて性行為の場面を描写した成人向けのアニメーションビデオであって、本件藤崎の図柄における清純なイメージを損なうものであり、本件ゲームソフトの改変をもたらすものであるから、同一性保持権を侵害する。 

2-1.侵害された権利は何だったのか

 本事案において、原告であるコナミ株式会社は、2種類の権利が侵害されたと主張している。
 ・複製権及び翻案権‥‥‥著作権(財産権)*6
 ・同一性保持権‥‥‥著作者人格権

 ここまではそう難しい話ではないだろう*7。しかし、著作財産権について、注意すべき点がもう一つある。

 本件藤崎の図柄に係る原告の複製権及び翻案権を侵害する

 本事案において複製権及び翻案権が侵害されたもの。それは、本件藤崎の「図柄」であるということだ。「図柄」というのは、要は「絵」だ。立ち絵でもスチルでも構わないがとにかく「絵」「グラフィック」の権利が侵害されたと主張されている。この点は、被告側の主張についても同様だ。被告は下記のように主張しているが、争点は「図柄」だ。

 本件藤崎の図柄は、ありふれたもので創作性はない。
 同一性保持権侵害の有無は、本件ゲームソフトと本件ビデオにおける具体的な図柄を対比することにより決せられるべきであり、

 本事案において問題になっているのは、ときメモの「ストーリー」や「シナリオ」や「設定」や「世界観」ではない。このことを深く心に刻みこんでおくことが大事だ。

3.裁判所の判断

 上でみたように原告は二つの主張をしている。したがって、裁判所もその二つについて判断をしている。ひとつずつ見ていこう。

3-1.著作財産権の侵害についての判断

 まずは、著作財産権についての裁判所の判断から。

1 著作権侵害について
 前記第二、一の事実、証拠(甲一、検甲二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

 本件ゲームソフトは、ゲームプレイヤーが架空の高校「きらめき高校」の男子生徒の立場で操作して、高校三年間の学園生活等において体験をし、一定の条件を満たした場合に、男子生徒が、登場人物である藤崎詩織ほかの女生徒から、高校卒業の日に、伝説の樹の下で愛の告白を受けるという恋愛シミュレーションゲームである。本件ゲームソフトにおいては、女子高校生である藤崎詩織が主要な登場人物として設定されている。本件藤崎の図柄は、僅かに尖った顎及び大きな黒い瞳(瞳の下方部分に赤色のアクセントを施している。)を持ち、前髪が短く、後髪が背中にかかるほど長く、赤い髪を黄色いヘアバンドで留め、衿と胸当てに白い線が入り、黄色のリボンを結び、水色の制服を着た女子高校生として、共通して描かれている。本件藤崎の図柄には、その顔、髪型の描き方において、独自の個性を発揮した共通の特徴が認められ、創作性を肯定することができる。

 著作権法において保護される――権利が発生する――「著作物」であるためには、「創作的な表現」であることが必要だ*8。そこで、裁判所は『本件藤崎の図柄』が『その顔、髪型の描き方において、独自の個性を発揮した共通の特徴が認められ』ること、すなわちその表現に『創作性』があることを認定している。
 そして『本件藤崎の図柄』の創作性(=著作物であること)を肯定したうえで、被告の作品について次のように判断する。

 他方、本件ビデオには、女子高校生が登場し、そのパッケージには、右女子高校生の図柄が大きく描かれている。右図柄は、僅かに尖った顎及び大きな黒い瞳(瞳の下方部分に赤色のアクセントを施している。)を持ち、前髪が短く、後髪が背中にかかるほど長く、赤い髪を黄色いヘアバンドで留め、衿と胸当てに白い線が入り、黄色いリボンを結び、水色の制服を着た女子高校生として描かれている。
 本件ビデオに登場する女子高校生の図柄は、本件藤崎の図柄を対比すると、その容貌、髪型、制服等において、その特徴は共通しているので、本件藤崎の図柄と実質的に同一のものであり、本件藤崎の図柄を複製ないし翻案したものと認められる

 『本件ビデオ』というのは、コナミ株式会社が権利侵害を訴えている、ときメモの二次創作エロ同人っぽいアニメのことだ。つまり、本件ビデオの中に出てくる『女子高校生の図柄』――藤崎詩織っぽいキャラの絵のこと――が、ときメモの『藤崎の図柄と実質的に同一』であって『本件藤崎の図柄を複製ないし翻案した』と認定しているのだ。
 念のため、繰り返しておくが、ここで『実質的に同一』と認定されているのは、藤崎詩織の図柄(絵!)と本件ビデオに出てくるJKキャラの図柄だ。藤崎詩織というキャラクターの同一性ではない。
 以上の2つのステップで言われていることを振り替えると、次のとおりだ。
 ・藤崎詩織の絵は創作的表現だ
 ・本件ビデオのJKの絵は、藤崎詩織の絵と実質的に同一(=複製ないし翻案)だ


 力強く言おう。


 複製または翻案であるかか否かが問題になったのは、両作品の「絵」についてである。


 ネット上では「容姿が似ている場合には複製権侵害にしかならない」というような言説を見かけるが――言うまでもなく間違いだが――本事案においても、そのような認定はされておらず、藤崎の図柄(容姿)が似ていることをもって複製ないし翻案と述べている。騙されてはいけない。
 さらに、ネット上では、本事案で翻案であると認定されたことにつき「原作の物語に依拠して、後日談として創作したからだ」というデマを流している者がいるという噂があるが、上で見たように、裁判所はそのような事実認定をしていない。裁判所が本事案で認めたのは、本件ビデオに出てくるJKの絵が藤崎詩織の絵と実質的に同一であるということだけだ。騙されてはいけない。

 したがって、被告が本件ビデオを制作した行為は、本件ゲームソフトにおける本件藤崎の図柄に係る原告の著作権を侵害する。

 たった一文だが、注意深く読んで欲しい。
 ここでは、『著作権を侵害する』と述べられている。原告は『複製権及び翻案権』と主張したにも関わらず、裁判所は『著作権』と言い換えている。これは、著作権法上の「複製」及び「翻案」概念の抱える面倒に起因しているのだが、細かい話になるので、詳細は注にまとめる*9。ともあれ、二次創作をする者が理解しておかなければならないのは、次のことだ。

 ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』の判決は「二次創作は複製(権の侵害)である」とも「二次創作は翻案(権の侵害)である」とも言っていない。

 ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』の判決は「二次創作は複製(権の侵害)である」とも「二次創作は翻案(権の侵害)である」とも言っていない。

 あまりにも大事なことなので、もう一回、フォントサイズもさらに大きくして繰り返そう。

 ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』の判決は「二次創作は複製(権の侵害)である」とも「二次創作は翻案(権の侵害)である」とも言っていない。

 ネット上では、本事案で「複製権侵害が認定された」というようなデマをばら撒いている者がいると噂されているが、裁判所はどちらであるかは述べていない。判決文からはどちらかが侵害されたとしか言えないのだ。騙されてはいけない。

3-2.著作者人格権の侵害についての判断

 正直、著作財産権の方さえ理解してもらえれば、デマに騙されることはないと思っている。しかし、デマの出所になっていると思われる記述がこちらにもあるので、念のため同一性保持権侵害についての判断の方も確認しておくことにする。

2 同一性保持権侵害について

 前記第二、一2の事実、証拠(検甲一)及び弁論の全趣旨によれば、本件ゲームソフトは、前記のとおり、架空の高校「きらめき高校」における恋愛シミュレーションゲームであるが、登場人物である藤崎詩織は、優等生的で、清純な、さわやかな印象を与える性格付けがされている。本件ゲームソフトにおいては、ゲームプレイヤーの操作する男子生徒は、学園生活や日常生活を通して、登場人物である藤崎詩織などと恋愛関係を形成する設定がされているが、藤崎詩織が性的行為を行うような場面は存在しない。

 そらそうよ。以上のコメントは特にない。こういうことを真面目に述べなければならない裁判官という仕事は、やっぱりとても大変だなとぼくは思いました*10

 他方、証拠(検甲二)及び弁論の全趣旨によれば、本件ビデオは、本件ゲームソフトにおいて、男子生徒が藤崎詩織から愛の告白を受けた最終場面の続編として設定され、清純な女子高校生と性格付けられていた登場人物の藤崎詩織が、伝説の樹の下で、男子生徒との性行為を繰り返し行うという、露骨な性描写を内容とする、一〇分程度の成人向けのアニメーションビデオとして制作されている。

 後日談だから云々というデマは、このあたりを分かりやすく誤読した結果であろうと推測される。

 確かに、本件ビデオにおいては、藤崎詩織の名前が用いられていないが、
 ①本件ビデオのパッケージにおける女子高校生の図柄と、本件ゲームソフトのパッケージにおける藤崎詩織の図柄とを対比すると、前記認定した共通の類似点がある他、さらに、後髪を向かって左側になびかせている点、首をやや左側に傾けている点、頭頂部に極く短い髪を描いている点、髪の毛に白色のハイライトを付けている点など細部に至るまで酷似していること、
 ②本件ビデオのパッケージにおける「どぎまぎイマジネーション」というタイトルの選択、各文字のデザイン及び色彩、青い波形の背景デザインなど、本件ゲームソフトのパッケージにおける各部分と類似していること、
 ③本件ビデオにおいて、「本当の気持ち、告白します。」と表記され、本件ゲームソフトとの関連性を連想させる説明がされていること等の事実
 から、本件ビデオの購入者は、右ビデオにおける女子高校生を藤崎詩織であると認識するものと解するのが相当である(甲一)。

 実のところ、ここまでしか読まなかった場合、藤崎詩織の何が論点になっているのか分からなくなってしまうように思えなくもない。なにしろ、著作財産権侵害の箇所で出て来た「図柄」という言葉がここでは見あたらない。しかし、論点はあくまで「図柄」なのだ。ストーリーの連続性や設定の同一性によって、何らかの権利侵害が認定されているのではない。
 裁判所が①~③で述べているのは「本件ビデオの購入者は、その登場人物であるJKの図柄を、藤崎詩織の図柄と認識する」ということだ。そして、それは本件ビデオに出てくる女子高校生の図柄が「藤崎の図柄を改変したもの」であることを認定するためのステップであるにとどまる。
 このことは、直後の文章を見ればハッキリする。

 以上によると、被告は、本件ビデオにおいて、本件藤崎の図柄を、性行為を行う姿に改変しているというべきであり、原告の有する、本件藤崎の図柄に係る同一性保持権を侵害している

 本件ビデオが侵害しているのは、コナミ株式会社が有する本件藤崎の「図柄」に係る同一性保持権だということが明確に述べられている。図柄の改変だけが、同一性保持権侵害の判断において問題にされていることが、これで明らかになったはずだ。

 そもそもの話として、考えてみよう。
 著作権法の保護対象は「著作物=(具体的な!)創作的表現」だ。ときメモに関していえば、グラフィック・プログラム・シナリオ等が表現に該当しうる。しかし「後日談のストーリー」はときメモのどこにも表現されていない。それは、ときメモの表現とはまったく無関係な表現なのだ。だから、そもそも「後日談のストーリー」というものが著作権法上の問題になるということは、基本的にないと言える。

 くどいうようだが、また同じことを繰り返そう。
 同一性保持権侵害の判断においても、問題になっているのは「図柄」である。

 図柄
    図柄
       図柄

 何か洗脳のようだが、そういうことだ。裁判例は、問題となっている法が何を保護しているのかという点を念頭におき、注意深く読む必要がある。特に著作権法に関する誤解やデマは、二次創作の可能性を不当に狭める可能性がある。

 ちゃんと勉強するってだいじだね。

3-3.おまけ

 実は、被告の主張には三つ目がある。簡単に言うと自分たちの活動は『同人文化の一環としての創作活動であるから、著作権法に違反するとの評価はされるべきでない』というものだ。

 なお、被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、著作権法違反は成立しないと主張するが、採用の限りでない。

 そらそうよ。

4.まとめ

 というわけで、意識高い感じに裁判例を読んでみた。*11
 ふつうのファンのひとたちが、ネット上に氾濫するデマに踊らされることなく二次創作を楽しめますように?

   以上

(・∀・)(・∀・)(・∀・)(・∀・)(・∀・)

ρ.参考文献

・『著作権判例百選[第3版]』(有斐閣、2001):「判例百選3」
・『著作権判例百選[第4版]』(有斐閣、2009):「判例百選4」
・『著作権判例百選[第5版]』(有斐閣、2016):「判例百選5」
・『著作権判例百選[第6版]』(有斐閣、2019):「判例百選6」
・駒田泰土、潮海久雄、山根崇邦『知的財産権法II 著作権法』(有斐閣、2016)
中山信弘著作権法 第2版』(有斐閣、2014)
公益社団法人著作権情報センター(CRIC)「著作者にはどんな権利がある?」(20190528閲覧)

www.cric.or.jp

*1:ちなみに「同人誌は著作権法上の『複製』だ」という主張自体は、一概に間違っていると断言することはできない。そう言える場合もあるかもしれない。もちろんそうでない場合――翻案の場合、そもそも何の関係もない場合――もあるだろう。

*2:他に有名なのは「ポケモン」の同人誌に関する事件

*3:判例百選3 pp.118-9、判例百選4 pp.166-7、判例百選5 pp.88-9、判例百選6 pp.68-9

*4:判例百選3 pp.154-5

*5:以下、1999年(平成11年)8月30日 東京地裁判決『ときめきメモリアルアダルトアニメ映画化事件』を「本事案」と呼ぶ。

*6:以下、分かりやすさを重視して「著作財産権」と表記する。

*7:著作権と、著作者人格権の違いが分からない場合は、CRICの解説を参照。

*8:『思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。』(著作権法2①一)

*9: 複製権侵害と翻案権侵害は、どちらも「著作権(財産権)の侵害」だ。そして、侵害を構成する作品が「複製」であるか「翻案」であるかというのは、概念的には、侵害を構成する作品に新たな創作性が付与されているかどうかによって区別される。つまり、原告の作品に「依拠」しており「創作的表現が同一」の作品に、被告がなんら新たな創作性を付与していなければ「複製」であり、被告が新たな創作性を付与していれば「翻案」ということだ。これは江差追分事件(平成13年6月28日 最高裁第一小法廷判決)によって判示された基準であり、現在著作権法学及び実務におけるパラダイムと言ってよい。
 しかし、実際に新たな創作性が付与されているかどうかを立証したり判断したりするのは容易ではない。他方で、一人の権利者が複製権と翻案権を同時に持っていることが多い。とにもかくにも被告の作品が原告の作品に「依拠」していて「実質的に同一」であれば、複製か翻案のどちらかに該当する。複製権と翻案権の両方を有する著作権者からすれば、いちいち新たな創作性について検討しなくても複製権か翻案権が侵害された=著作権が侵害されたと言えば済んでしまうのだ。

*10:まあ、それを言ったら、同一性保持権の話題が出るたびに真面目な顔で「ときめきメモリアル事件」と連呼しなければならない著作権法学界隈も色々とアレである。だがそれがいい

*11:間違いがあったら誰か優しく指摘してくれるといいなぁという他力本願